連続サミーリレー小説 第2回 るりゅーさん作

時計の針は、すでに午後11時を回っている。
「あー、楽しかった。『ダークシード』って最高ね」
「・・・・・・あれが?」
 いかにも満足気な表情で言う砂沙美。
 それに対して、冷たい視線光線をバリバリ送る魎皇鬼。
「だって、骨を崖に投げると、地獄の番犬がそれを追って崖に飛び込んじゃうだよ。魎ちゃんは凄いと思わないの?」
「・・・ボクにはそうとは・・・」
 嬉々として同意を求める砂沙美に、魎皇鬼は複雑な表情でその答えを濁す。
 ・・・まあ、魎皇鬼がそう思うのに無理もない。
 『ダークシード』とは、一般的な日本人の感性には有り余るほど画期的なアドベンチャーゲームなのだ。
 エイリアンの生みの親、H・R・ギーガーの描くダークな世界。謎解きヒントがゲーム中に現れないなど、今までのゲームにない自由度の高さ。そして、32ビット機とは思えないほど素晴らしい音源。
 もう、その完成度の高さは、「これぞ舶来品だ!」と思わず叫びたくなる。
「ふあぁ・・・・・・」
 砂沙美は、これでもかってくらい大口を開けてアクビした。
「砂沙美ちゃん、明日は8時に学校に集合なんでしょ? 大丈夫なの?」
「大丈夫大丈夫・・・。砂沙美は6時間の充電で、16時間の連続再生が可能なんだから・・・ふあぁ・・・」
 眠気のためか、もはや砂沙美の思考力は限りなく低下し、意味不明な事を口走っている。
「砂沙美ちゃん・・・」
 この勝負、戦う前からすでに勝敗が決まっている・・・。
 魎皇鬼にはそう思えた。
 そういえば説明してなかったが、砂沙美達・・・河合家では、先ほどまで”一家揃ってゲーム大会”を開催していたのだ。
 なぜなら仕事帰りの銀次が、閉店間近の古ぼけたおもちゃ屋の棚の奥から偶然『ダークシード』を発見し、それを破格の値段で買ってきたからだ。
 河合家には、”楽しいことは家族揃って楽しむ”という暗黙の家訓が存在する。
 テレビ、映画、ボードゲーム・・・ジャンルにこだわらず、一家団らんで楽しめるものであれば何でも楽しんでしまうというのだ。
 今回の河合家の獲物は『ダークシード』なのだ。
 そのために今日の河合家の人々は、いつもより早くご飯を済ませ、いつもより早くお風呂に入り、あとは布団に入るだけで寝られるコンディションを整えている。
 1日の予定を全て繰り上げてまでゲームを楽しむ・・・・・・そう、河合家は楽しむことに関して、決して妥協を許さないのだ。
 ・・・だが、普通『ダークシード』は、絶対に家族で楽しめるようなゲームではないような気がするが・・・。
「ふぅ・・・」
 砂沙美は、自室に入るなり、うつ伏せにベッドに倒れ込んだ。
「砂沙美ちゃん、明日の用意はちゃんとできてるの?」
「大丈夫大丈夫。砂沙美は常にあらゆる事態を想定して行動してるんだから」
「・・・・・・」
 もはや砂沙美の言動は、酔っぱらいのたわごとレベルまで落ちてる。信用性はゼロに近い。
「砂沙美ちゃん、ホントに明日は起きれるの?」
「大丈夫大丈夫・・・・・・・・・」
「・・・・・・砂沙美ちゃん? 砂沙美ちゃん?」
「・・・・・・むにゃむにゃ・・・」
「・・・もう寝ちゃってる・・・・・・」
 砂沙美の、あまりにもの寝付きの良さに、魎皇鬼は愕然とした。
「ホントにこれで大丈夫なのかなぁ・・・?」
 一抹の不安・・・いや、混ざりものなしの純正の不安を胸に抱きながら自分の寝床━━━砂沙美の机の上へあがった。
 あとはもう、早起きの神様が気まぐれを起こさずに砂沙美を起こしてくれることを祈るしかない・・・。
 猫のように体を丸めて眠りの闇に落ちる中、魎皇鬼はふとそう考えるのだった。
 

「・・・ちゃん。砂沙美ちゃん・・・。起きてよ砂沙美ちゃん」
 砂沙美の耳に、いつも聞き慣れた声が入ってきた。
「あと5分だけ・・・絶対にあと5分したら起きるから・・・」
「砂沙美ちゃん・・・」
 砂沙美は、もはや条件反射で魎皇鬼の声にこう答えるのだ。
「砂沙美ちゃん、今日はホントに起きなきゃ大変だよ!」
「・・・うふふ、待ってよ美紗緒ちゃん・・・・・・むにゃむにゃ」
「・・・・・・」
 どうやら砂沙美は、別の世界のお花畑で美紗緒とよろしくやっているようだ。
「砂沙美ちゃん・・・そういう態度を取るのなら、ボクにも考えがあるよ」
「・・・このクワガタ美味しいね、美紗緒ちゃん・・・・・・むにゃ」
 魎皇鬼の意味深な言動も気になるが、それ以上に砂沙美の見ている夢の方が気になるような気がする・・・。
「よーし、行くよー砂沙美ちゃん。そーれぇ・・・」
「・・・美紗緒ちゃ・・・・・・ん?」
 眠りながらも右頬に何か違和感を感じる・・・。暖かい何かを感じるのだ。
 その感触は液体・・・いや、どちらかというとジェルやスライムといった、少々ヌルヌルしたものだろう。
「うーん・・・・・・」
「砂沙美ちゃん、おは・・・」
「・・・・・・むにゃむにゃ」
「・・・よう」
 きまりが悪い・・・。
 やっと起きたと思い、朝の挨拶を交わそうとしたら、砂沙美はいまだ眠りの砦で籠城中だったのだ。
「まだ寝てるのか・・・。こうなったら、鼻の穴を攻撃するしかないか・・・」
「・・・・・・・・・ん・・・」
 砂沙美の顔が、苦しさにどんどん赤くなってゆく・・・。さすがに鼻の穴を塞がれるはキツイ。
「・・・・・・んぐっ! ごぶっ! ごぶっ! げふんっ、げふんっ!!」
 あの液体が鼻の奥から気管に入ったのか、咳き込みながら砂沙美は、左肩を下にし、顔だけをベッドに伏せた。
 魎皇鬼の攻撃が相当こたえたらしく、一気に目が覚めた。・・・まあ、死ぬほど苦しかったから。
「やっと起きたね、砂沙美ちゃん」
 魎皇鬼は嬉しいそうに砂沙美に声をかける。
 だが砂沙美は、
「もしかして、今の魎ちゃんがやったの・・・?」
 と、少々殺気立ったような声で魎皇鬼に尋ねる。
 寝起きの砂沙美はちょっと怖い。普段の砂沙美からは想像できない程の迫力だ。
「うん、そうだよ。だって砂沙美ちゃん、これくらい過激にしないと起きないじゃないか?」
 過激というか、下手したら死ぬと思うが・・・・・・。
「あのね魎ちゃん・・・砂沙美は死にかけたんだよ。もの凄く苦しかったんだよ。ねぇ、魎ちゃんわかる・・・・・・・・・?」
 砂沙美はそう言うと、目の前にいるはずの魎皇鬼を寝ぼけ眼で見る。
「・・・・・・・・・・・・え?」
 目の前にいるはずの魎皇鬼を見ているはずだが・・・。
「んんん〜・・・・・・」
 ・・・砂沙美はきっと寝ぼけてるんだ。・・・うん、絶対にそうよ!
 目を一生懸命擦って、目と鼻の先で起こってる変化を否定する。
「どうしたの、砂沙美ちゃん?」 
「うんん。何でもないよ、魎・・・ちゃん?」
 セリフの最後が疑問形になったまま、砂沙美は固まった。
「ん? どうしたの? 鳩が豆鉄砲喰らったような顔して」
「りょ・・・魎ちゃん? ・・・・・・ホントに魎ちゃんなの・・・?」
「え? 何言ってるの? ボクはボクに決まってるじゃないか。・・・・・・あ、まさか砂沙美ちゃん、まだ寝ぼけてるのぉ?」
「ホントに魎ちゃん・・・?」
「だから、ボクは魎皇鬼だって」
「そんな・・・・・・」
 頭の中で、1億くらいしそうなガラス細工が見事な音を立てて砕け散るほどのショックを砂沙美は受けた。
 まあ、ショックを受けるのも無理もないだろう。
 なんと言っても、あのモコモコとして可愛らしいはずの魎皇鬼が、今は全身黒い光沢を放ち、頭はエクレアのように細長で、その大きく縦に開いた口からネバネバとした涎なようなものを垂らす・・・そんなグロテクスなものになってしまっているのだから。
 言うなれば、H・R・ギーガーがデザインした”エイリアン”のような姿なのである。
「どうしたの?」
 魎皇鬼は、怪訝な表情(?)をして砂沙美に詰め寄る。
「いや・・・こ、来ないで・・・」
 あからさまに拒絶する砂沙美。
「来ないで? ・・・どうして?」
 見事な鈍感ぶりを発揮して、砂沙美との間合いをさらに詰める。
「い・・・いやぁ・・・・・・」
 砂沙美の表情は、すでに混乱を極めている。
 両頬をピクピク痙攣させて笑いそうなのに、なぜか両の瞳からは涙を流し続けているのだ。
 砂沙美は今すぐここから走り去りたかった。・・・だが、腰や膝に思うように力が入らない! つまり、”腰が抜けた”状態なのだ。
 こうなったら、這ってでもここから抜け出さないと!
 恐怖に押しつぶされながらもそう決心する。
「・・・ホフク前進ごっこ?」
 魎皇鬼は、のんきな疑問をこれまたのんきに質問している。
 質問されたとうの砂沙美は一生懸命ベッドから脱出しようとしているのだが・・・。  
 とにかく這って、這って、地球の裏側まで這ってしまいそうなほど這いまくった。
 だが、砂沙美のベッドはお子様用である。その面積はたかが知れてる。
 一心不乱にベッドの上を這っていれば当然・・・、
「きゃあっ!!」
 地球の重力に従って、床へ落ちることになる。しかも、ダイナミックに前転していた。
 つまり今は、仰向けに倒れてる。
「砂沙美ちゃん、何やってるの?」
 相変わらずのんきに呆れる魎皇鬼である。
「痛たたた・・・・・・・・・ん?」
 砂沙美の右手が、何かを触っているのだ。それは表面が湿っていて、そこはかとなく暖かく、規則的な鼓動をしている・・・。
 それは、まるで何かの臓物ようで、ずっと触ってるとなんだか不快な気分になってくる。
「うううう・・・・・・」 
 砂沙美も、その例外にもれることなく不快に思った。
「何なの、これはぁ?」
 首を起こして、さっきまで右手に触れていた”何か”を見てみる。
 ”何か”は、高さ30cmほどで、ラグビーボールのような感じである。色は黒々としている。
 。そして、遠目から見てもそれが脈動していることがわかる。・・・そう、言うならばこの”何か”は、卵のような印象を受ける。
「何これ? 生きてるの・・・?」
「そうだよ砂沙美ちゃん。これ、全部生きてるんだ」
「え? 全部・・・?」
 気がつけば、さり気なく会話をしている砂沙美と魎皇鬼である。
 さすがは長年(でもないが)コンビを組んでいただけのことはある。
 ところで砂沙美には、魎皇鬼の言う、”全部”という言葉が引っかかっていた。
「もしかして・・・・・・」
 疑問に思い、辺りを見回してみた。
 答えは・・・・・・想像した通りのもだった。
 ”それ”は、砂沙美の部屋の床、机、本棚、タンス、窓、壁、天井・・・この目に見えうるその全ての場所に生息していた
 逆にいないところを探す方が難しい。
「でも・・・これは一体・・・?」
「ふふふ・・・これは、ボクの子供達さ」
「こ、子供ぉ!?」
 衝撃の事実である。この黒いラグビーボールのような”それ”は、魎皇鬼の”卵”だったのだ。
「ななな・・・何? これはどこ? インドのもやし?」
 砂沙美ちゃん、ちょっぴり錯乱中。
「あれ? ずいぶん驚いてちゃったようだね・・・」
 意外、って感じな顔(?)をする魎皇鬼。
 普通の神経の持ち主だったら、絶対に驚くと思うが・・・。
 ふと、プシューという、大きな風船から空気が抜けるような音が、部屋中から聞こえてきた。
「こ、今度は何!?」
「ふふふ・・・ついに始まるんだよ、砂沙美ちゃん」
「何が始まるの!?」
「ボクの子供達が生まれるんだ。ほら、見てよ砂沙美ちゃん」
 魎皇鬼は、少々ヒステリックな物言いになってる砂沙美を落ち着かせるために、優しげに言葉を掛けて先を促した。
「・・・・・・こ、これは・・・?」
 そこには、例の”卵”があった。しかし、つい数秒前に見たときとは全然印象が違う。
 さっき見たときには、非常に黒々としていた色だったが、今は淡い赤だ。まるで口腔のような赤だ。
 ”卵”は、強く生命を感じさせる色に変色しているのだ。しかも”卵”の上部からは水蒸気のようなものを規則的に吹き出してる。
 さっきの風船の空気が抜けるような音は、これが原因だったらしい。
 ”卵”の脈動━━━いや、胎動と言った方が良いか━━━も、数秒前とは比べものにならないくらい活動的だ。
 これではまるで、噴火する直前の火山のような印象を受ける・・・。
 ”卵”を含む全てのテンションが高まっていく・・・。高まって高まって高まって、そしてこれから・・・・・・と思った瞬間、全ての”卵”が死んだようにおとなしくなった。胎動すらしていない。
「な・・・何?」
「ふふふ・・・・」
 魎皇鬼は、全てを知ってる笑みを浮かべる。
 しばし砂沙美の部屋は、魎皇鬼と砂沙美以外の生命体は存在しない・・・そんな印象が付きまとった。だがそれは、死んだわけではなく、”卵”の新しいステップへの準備だった。
 ”卵”達は、今度は一斉に水蒸気のような白い気体を吹き出し始めた。まるで、中にある全てのものを外へ吹き出すかのように・・・。
「・・・・・・・・・」
 その光景を前に、もはや砂沙美の言語機能は麻痺していた。
「ほら砂沙美ちゃん! ボクの子供達が一斉に生まれてくるよ!」
 狂った演説家のように、嬉々として喋る。
 部屋にある無数の”卵”から一斉に白い気体が吹き出している。その気体が邪魔でハッキリとは見えないが、気体の吹き出し口の所からは、何やら黒光りするグロテスクな”手”が這い出ているのだろう。
「あ・・・あ・・・・・・あぁ・・・・・・・・・」
「ほら、砂沙美ちゃんも黙ってないで喜んでよ」
 嬉しそうに魎皇鬼は、砂沙美に無理な注文を押しつける。
 砂沙美はその言葉を聞いて、魎皇鬼の方を向く。
 その視線は、魎皇鬼の”手”に注がれている。
 そう、その”手”が、部屋の中に無数にある卵から突き出てるのだ・・・。
 そう思うと、急に視界がボヤけてきた。だんだん周りから白くなっていく。そしてついに、何も見えなくなる。何も聞こえなくなる・・・・・・。


「・・・・・・・!!」
 声にならない悲鳴を上げた砂沙美は、勢い良く瞼を開いた。
 だけどそこは、暗闇が全てを支配するだった。
 そこから何とか活路を開こうと、冷静になって全てを観察してみる。
 ・・・すると、右の方から弱いながらも光の束が部屋薄暗く照らしていることを発見した。
 そのことがわかると、部屋のもの全てがクッキリ・・・とまでは行かないが、ある程度見えるようになった。
 見覚えのある天井、机、窓、壁・・・そして砂沙美の今寝ているベッド。
 そう、ここは砂沙美の部屋なのだ。右の方から入ってきた光も、ベッドに面してる窓から、外の街灯の光が入ってきていたのだ。
 念のため、机の上の方もじっくりと見てみた。
 そこにはハッキリとものが見えるわけではないが、規則正しくて可愛らしい寝息を立ててる魎皇鬼の輪郭が見える。
「ふぅ・・・・・・」
 とりあえず砂沙美は、安堵のため息をついた。
 さっきのあれは、夢だったのだ。とびっきりの悪夢だったのだ。
 ふと、枕元に置いてある目覚まし時計を見てみる。
 この目覚まし時計には、文字盤の数字と針に蛍光塗料が塗ってあるもので、暗闇の中でも情報を読みとることができる。
 1から12までの数字が全部、青白い弱々しい光を放っていた。そこの中心点から細くて長い針と、太くて短い針が伸びている。
 長い針の先端は数字の”2”の上で止まり、短い針の先端は数字の”4”を目指し、窮屈な”く”の字をかたどっていた。
「4時10分かぁ・・・。何でこんな時間に目が覚めちゃったんだろ・・・?」
 砂沙美は意味もなく独り言を言ってみた。
 4時とえば、まだ夜だよね?
 明日は8時に学校に集合だから、7時に起きればいんだ・・・つまり、あと3時間は寝てて良いわけよね?
 そう考えがまとまると、一瞬にしてまたも夢の世界へと旅だって行った。
 そう、砂沙美の寝付きの良さは、世界で1、2を争えるようなレベルなのだ。


「・・・ちゃん。砂沙美ちゃん・・・。起きてよ砂沙美ちゃん」
 砂沙美の耳に、いつも聞き慣れた声が入ってくる。
「あと5分だけ・・・絶対にあと5分したら起きるから・・・」
「砂沙美ちゃん・・・」
 砂沙美は、もはや条件反射で魎皇鬼の声にこう答えるのだ。
「砂沙美ちゃん、今日はホントに起きなきゃ大変だよ!」
 ・・・・・・あれ? この展開って、どっかであったような・・・?
 そう閃くと、砂沙美は鬼神の如きの勢いで両目を開く。
「ふぅ・・・今日はちゃんと起きてくれたね」
 目を開いた視界には、モコモコとした毛に覆われた丸いお顔が愛らしい見慣れた猫顔があった。
「・・・良かった・・・」
「全然良くないよ! 遅刻だよ、砂沙美ちゃん!」
「遅刻・・・? 魎ちゃん何言ってるの? まだ夏休みじゃない」
「何寝ぼけてるの!? 今日は美紗緒ちゃん達と一緒に遠足へ行くんでしょ!?」
「遠足・・・・・・?」
 しばし砂沙美は、脳の中にある記憶の神経細胞を手繰り寄せてみる。
「・・・・・・あっ!!」
「やっと思い出した?」
「魎ちゃん、今何時!?」
「砂沙美ちゃん、はい時計」
 魎皇鬼は、自分の肉球のついた手(?)で大事に持っていた目覚まし時計を砂沙美に手渡す。何て準備が良いんだ。
「どげげ・・・もしかして、もう8時過ぎてるの・・・?」
「もしかしなくても過ぎてるよ」
 時というものは、とても非常なものである。決して止まってはくれない。
 すでに8時を10分くらいオーバーしている。
「・・・い、急がなきゃッ!!」
 慌てて河合家のユニホームである、ニンジンパジャマを脱ぎ始める砂沙美。だけど、慌てていたためか、ズボンが上手く脱げずに派手に尻餅をついた。
「くぅ〜・・・・・・でも負けてられない!」
 痛いのガマンして、着替える作業を続ける。
 タンスの中から、『METAL GEAR』とプリントされた半袖のシャツと、活発な砂沙美にはお似合いなショートパンツを引っぱり出した。
 慌てているので、服を着るのにも格闘を必要としていた。
「よし! 着替え完了!!」
 いつもり2割り増しの時間で着替え終えた砂沙美は、脱兎の如く部屋の出入り口へ向かう。
「砂沙美ちゃん、荷物荷物!」
「あ、いけない! 忘れるところだった!」
 魎皇鬼の忠告を聞いて、思い出したように用意しておいたリュックをひっ掴む。
「改めて出発ぅ!」
 砂沙美が号令を発すると、魎皇鬼は砂沙美の左肩に飛び移った。
 家の中であるのに、階段であるのにお構いなしに爆走していた。
「お、おわあっ!?」
 しかし、階段で爆走するのはよくなかった。見事に足がもつれる。
「ぬぬぬぬぬっ!!」
 運動神経の塊と言っても差し支えない砂沙美は、機転を効かして飛び降りることにした。
 高さにして1.5m。砂沙美の運動能力なら処理しきれるはずだ。
「とりゃあああああっっ!!」
 鳥のように優雅・・・とは言い切れなかったが、素晴らしい跳躍を見せた。
 砂沙美には、スローモーション映像のようにゆっくりと地上━━━1階の床が近づいてきた。
「ふんっ!」
 力強く大地に踏ん張り、見事な着地を決める。・・・とそのとき、
「あら、砂沙美ちゃん、起きたのね。お食事はぁ?」
 のんきなほのかママの声がキッチンから聞こえてきた。
「いらない。遅刻しそうだから」
 遅刻しそうではなく、すでに遅刻しているのだが・・・。
「そうなの。それじゃあ砂沙美ちゃん、気をつけて行ってらっしゃーい」
「行ってきまーす!」 
 慌てまくりながら、玄関を出て行こうとする砂沙美である。
「砂沙美ちゃん、靴が左右別々のものになってるよ」
「あ、いけない!」
 まったくお約束を忘れない魔法少女である。
 砂沙美は改めて靴を履き直し、再出発して行った。
 何だか今回は、まるで話が展開しなかったけれど、次回へ続く。続くと言ったら続くのだ。